Julia's lab

日常に発見と探求を

【創作と学問 No.1】「父親探しの物語」の心理

はじめに

こんにちは。ユリアです。

今回は「創作と学問」の第一回として、「父親探しの物語」の心理について書いていきます。

 

※ 注意 ※

今回の内容は以下に記載する文献の要約のような形になります。

樺沢紫苑『父滅の刃 消えた父親はどこへ アニメ・映画の心理分析』みらいパブリッシング 2020年

miraipub.jp

このブログでは私自身の基準で、創作活動で使えそうな部分のみを、また著作権の観点から、書籍全体のネタバレのような形にならないように留意し、必要最低限の内容を記すものとします。また、あくまで私個人の主観が含まれていますので、ここでの内容を鵜呑みにして文献を判断することのないよう、ご留意いただければと思います。

正しい情報は正しいソースから。

 

あらゆる作品に共通して見られる「父親探し」

 人類の歴史の中でも特に古い物語、"神話"から、世界の映画、そして日本のアニメ作品に至るまで、共通して見られるのが「父親探し」というテーマである。

「父親探し」というのは文字通りの意味ではなく、「父性」と呼ばれる心理的な要素を自分なりに探し求めることを指す。

 

 ここでいう「父性」とは・・・『正しく使われる厳しさや強さ、秩序や規範』のことである。「父性」は父親だけでなく、母親や人の上に立ち部下や後輩を指導する立場の人間も持つことができるものである。

 

「父性」の定義

著者は父性について、以下の二つにわけて定義している。

Good Father:尊敬の対象、保護的な強さ、なりたい存在、規範

Bad Father:恐怖の対象、なりたくない存在、暴力性、権威主義

 

例として、常に遊んでばかりで家のことを顧みない父親(的存在)はそもそも「父性」の弱い存在、子どもを暴力で支配し過剰に厳しくする父親(的存在)は「悪い父親」、「過剰な父性」を持つ存在ということになる。

 

「父親探し」の物語に見られる心理

 一人の人間として成長し、自立するためには自分の中で「父親を乗り越え」、「正しい父性」を持つことが必要である。しかし、自分の身の回りで「父性」を見出すことが難しい場合もある。ではどこに求めるかといえば、それは「外の世界」である。

 作中に、父親のような存在と対決する描写や、憧れ同じ道でより良い結果を残すといった描写がある場合、それが「父親を乗り越え」、精神面で成長することにあたる。「父性」の欠けた環境で育った主人公(登場人物)において、「父親を超える」ことを描写する場合、まず「父性」を体現する存在を探すことから物語が始まることになる。

 

考察

 ここからは上記の文献を読んだ上での私なりの感想や考えを述べていきます。

 

 まず、文献を要約する上でネタバレ防止のため省いた部分について。この書籍の趣旨はそもそも、映画やアニメといった作品を分析しながら、そこに現れる心理を読み解き、読者に生き方のヒントを提示するといったものです。本文中には非常に多くの映画やアニメが実例として引用されていて、著者はそれぞれに対して心理分析を行っています。私の見てきた作品はその中でもほんの一部でしたが、映像作品が好きな人であれば更に面白く、発見に富んだ書籍となるのではないかと思います。

 また、本文中で指摘されている「父性」の足りない環境への対処法についても書かれているので、こちらに興味がある方にも推薦します。

 

 「父性探し」。この書籍を読んでいて、私自身にも思い当たる節があります。現在は未婚であり誰かの上に立っているでもないので、自分自身が父親的なリーダーの役割になる機会はほとんどありません。自分の父親に対しては感謝してもしきれないと感じている一方で、私の中に「尊敬している存在」がないという点では、この書籍で指摘されている「父性不足」の状態に陥っていると感じたのです。本文中で示されている対処法については少しずつ実践していきたいと思っています。

 

 「目指すべき存在を探す主人公」、「憧れている存在に近付こうとしている主人公」、どちらも多くの作品に登場していて、心から応援したくなる人物像です。主人公の憧れる対象は「父性的な人」であると、より多くの人の共感を得やすくなるのではないかと私は考えました。誰もが自立への欲求として持っている(持っていた)感情であるが故に、描きやすく共感されやすいのではないでしょうか。

 

 私自身も頭の痛い事実ではあるのですが、様々な事情によって自分のやりたいことや将来のビジョンが全く見えないという人も多くいらっしゃるのではないでしょうか。創作のヒントという意味では、そもそも創作をしていく上で「どこへ向かうのか」、「何を目指すのか」を明確にすることで、有限な時間と気力を上手く使うことに繋がるのではないかと思います。私も模索の段階ではありますが、それでももっと効率的に探す方法はないかと常に考えるようにしています。

 

 最後に、ブログそのものにも関係のある部分で、次回に回すために省いた部分もあります。本文内でユングの提唱したアーキタイプという考え方に触れている部分があったのですが、それはそれで一つの題材になりそうだったのでわざと飛ばしました。次回もどうぞよろしくお願いします。